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信者の主張から垣間見える接心の一側面と苑の姿勢

YAHOO知恵袋からの引用ですが、こんな質問がされていました。

「真如苑の霊能者はなぜ霊能力が開けたんですか?修行・精進の賜物と聞いたことがあるんですが・・・霊能が開けるということはやっぱそれなりの力があるんじゃないんですか?真如苑って・・・?

そういう力を見ると自分自身、信じた時期もあったけど、、、実際どうなんでしょう?
補足 でも霊能者は接心では的を得た事を言うんですよ。それで涙してる人も数知れず見ました」という質問がありました。」
というもので、
※HNは消しておきます。
コピー

それに対して、信者の方はこう回答しています(上写真は実際の回答)。
----
真如苑の霊能は、大学の研究論文にもあります。ある種の人間が持つ特殊な能力だという人もいれば、誰でも開発できるコミュニケーション力という人もいて、識者によってさまざまです。教団では、誰でも霊能を開発できると言っていますが、それは、可能性を否定しないということです。霊能だけが相承という言葉以外に「開発」「開く」という言い方をしますが、これに意味がありますね。ここで書くようなことではないので省きます。どんな人が霊能を開くのか?では、逆に開けない人の例え話をしますね。教団に矢が飛んできたとします。その矢に対し、教団を守るために両手を広げて仁王立ちをする人。。。そんな人では、開けないそうですよ。----

この最後の部分(青字)は、接心(というか新興宗教やネズミ講)での相手へのアプローチや苑、信徒の思考法の一端が良く理解できるサンプルだと思います。
一見、回答しているように見えますが、よく読むとこの方は質問には実際は何も答えていません。
「A は Bですか?」
という問いに対して、「Cってね、じつはDじゃないんだ。Eでもないんだ。」とわけのわからん方向にペクトルを変えているのです。
あえて書けば、”煙に巻いて論点をぼやかしている”のです。
”ここで書くようなことではないので省きます。”
なぜ書かないのでしょうか?
文の前後を見ると、この部分は質問に対してかなり的を射た答えやヒントになるように私は感じますがはっきり書きません。
悪く言えばもったいぶってるようにも見えます。

”どんな人が霊能を開くのか?では、逆に開けない人の例え話をしますね。教団に矢が飛んできたとします。その矢に対し、教団を守るために両手を広げて仁王立ちをする人。。。そんな人では、開けないそうですよ。”

???
どんな人だよ?
よくよく考えると具体的なことは何も書いていません。
「両手~中略~そんな人では開けない。」
じゃあどんな人なら開けるんでしょう?
接心もそうですが、具体的なもの言いは絶対にしません。
これはコールドリーディングとよばれる手法です。

コールドリーディング(Wikipedia)


例えば
「母方に病気で長く闘病されて亡くなった方がいますよね?」と質問されれば
→「あ!、そういえば、叔母さんがそうだったなぁ。」と受け手は考えます。
が実際は、たいてい誰もが最後は闘病して亡くなるものですし、親戚もたくさんいれば誰かしら該当します。

「今なにか心に引っかかっていることがありますよね?ご先祖の方がそれを悲しんでいます。」と質問されれば
→「確かに仕事で悩みがある、、、。」と受け手は考えます。
具体的に”何で”悩んでいるのかは提示しません。
仮にしても社会人に対して「仕事で悩みがありますね?」と聞けばふつうなにがしかの悩みはあるわけです。
指摘してることは、実はあたりまえのことなんです。
、、、とまったく同じプロットです。

苑や信徒の方は「信じた本人の責任」という言い方をしますが、信じやすい環境(建物、雰囲気、事前に苑は素晴らしいという刷り込み)を作っているのは、他ならぬ苑や信徒です。
それはあまりに無責任過ぎるように思います。

要するに彼らはの接心(というかこの手の占い、新興宗教の手口は)具体的なことは提示せず、抽象的な内容不足の状態の質問から、受け手が勝手に自分で答えを導き出すのです。
仮に具体性が無くても、すでに信徒さんとしては「接心は当てものではない、示唆するものだ。」という逃げ口上が前提としてあります。
ですから、外れてもいくらでも逃げれるのです。
そのうえ、仮に接心のやりとりの結果、うまくいかなくても「精進が足りない。」とか「取り組みが足りない。」で済ませられるのです。

おそらく、この方、”ではどんな人ですか?”と聞いても答えられないはずです。
多分、「精進する中で理解していくこと。」と逃げるでしょう。
あげく、苑の中では「精進はとても厳しく難しいもの」としているので、「精進し続ければいつかは理解できるはず。」と信徒の中では信じている人がいます。

「接心等では具体的にこのように接して話しなさい。」と具体的なトレーニングはしないはずですが、数回同じように受けていけば依存している信徒は自然に経験則として、接心や質問等のやりとりでも、このようなもの言いが身についてくると考えます。
新興宗教の怖いところは、こういった思考状態を何の疑いも無く受け入れることだと考えます。

このような方法は古来から占いや人心獲得の手段で散々使いつくされた手でもあります。
これにはカウンセリングの一側面があることは事実だと思いますし、それで救われたと思う人もいるでしょうから、効果の有無という点では私はプラシーボ程度の効果があることは否定しません。
しかし、その過程の中で、心に悩みや弱っている状態の人を騙し、苦しんだ先祖がいるだとか、このまま信仰しないでいるともっとひどいことになる、、、といった相手に不安を植え付け、継続して接心や修行を半ば脅迫するようにして相手を誘導する姿勢を私は許すことができません。
こんな中途半端な言葉に騙され、真に受け、人生を無駄させていることが許せませんし、この方の発言こそが、苑や信徒の考え方の本質の一つを具体的に表しているものだと言っても私は過言ではないと考えます。
依存する信徒の考え方の好例だとも考えます。

またこの方、前半で「大学の研究論文にもあります。ある種の人間が持つ特殊な能力だという人もいれば、誰でも開発できるコミュニケーション力という人もいて、識者によってさまざまです。」と書いています。
是非、具体的に、
どこの大学の誰が?
どのような表題で書いた論文なのか?
知りたいものです。
単純に興味があり読んでみたいのです。

それと疑問なのですが”識者”って具体的に誰なのでしょうか?
その識者が誰で?
どこで?
どのような内容で書かれたor 発表された内容なのでしょうか?
そもそも信徒の話では、苑の霊能は所謂霊能では無いそうですし、どのような解釈を論文、識者が書いているのか是非知りたいです。
今現在、知恵袋で「どこの誰が書いたものなのか教えてください。」と依頼を立てています。
入手できれば読んだうえでこのブログで発表したいと思います。

2013/03/07追加


この日記の中で私は「是非、具体的に、 どこの大学の誰が?どのような表題で書いた論文なのか? 知りたいものです。 単純に興味があり読んでみたいのです。」と書きました。

実際に、この信徒さんに質問しましたが、

「残念ながら、私は、楽しくありませんよ。最初に申し上げたはずです。下線文今の貴方の回答と、最初の頃の貴方の回答を比べてみてください。 これにも論拠が、必要というのなら書きますけれども、貴方の立場を考えると、それは避けたいです。出来れば、ご自分で察してください。」
と例によって例のごとく、出典を聞いているのに赤字赤線部を見てください。
一切関係の無い話をもってきて、しかもそれは質問に対しての質問でなんら関係性がありません。

ちなみに、この方、「必要というなら書きますけど」と書いていますが、

実際は、こんな回答をさらに書いています。
-------------------

知恵袋は、質問者と回答者の個人対個人が基本と考えますが、広く閲覧されるので、配慮も必要です。明示できないこともあり、あらゆる可能性を考えて、慎重に回答しようと思います。

追跡されないように、IDを非表示にしようと思いましたが、無理でした。なのでもう一度聞きます。私との最初のやり取りを本当にお忘れですか?私のほうから、いつとも内容も追跡のヒントになることは書きたくありません。hiiroさんから明示してください。私が調べる限り最初のやり取りです。ないと思いますが、「最初」というのが間違っていたらスミマセン。

-------------------
私はこの信者の言った言葉の出典を教えて欲しい。と言っているだけです。
●●大の●●という教授が書いた●●という論文です。
●●出版の●●という著者の●●という本です。
だけで回答しては十分なはずです。

広く閲覧される?配慮?この回答のどこに配慮が必要なのでしょうか?
しかも当人は”明示できない”と書いています。
なら「私はわからない」でいいじゃないですか?

当人から、「最初の回答云々」と書いておいて、追跡は嫌だー、そっちが探せ、しかも最初が間違いかもしれない。
って現実にこんな応対をする人間がいるなら、私はこんな相手とは仕事も交友関係も結びたくありません。

ちなみにこの方、
-----------------
ならば、私から質問を立てましょう。先に申し上げますが、論文の質問には、回答いたしません。
-----------------

と今度は言い出しました。
質問には一切回答しない、でも回答はしろ、こっちから質問する。
無礼ですね。
非常識ですね。

ちなみに今、一週間たちましたが未だに私宛の質問がありません。

不思議なんですよね、
信徒の方ってなぜか根拠を出せ!と言うと
・身内に不幸ができたり
・試験になったり
・親友が不幸になったり
・携帯 or PCが壊れたり
・仕事が急に忙しくなるんですよ。
不思議デスネー?

それか逃げるんですよね。

この方も似たようなものでしょうがなんで自分の中で明示もできないものを人やその家族の人生を壊す可能性があるのに、人に勧められるんだかさっぱりわかりません。

こういう応対をネットで経験したりすると、現実に応対した信者親やその取り巻き信者、苑の事務員となーんも変わらないことがよくわかります。

あえて口汚く書きます。

なにがネットの中では根拠の無い誹謗中傷ばかり、、、だ!。
根拠が無いのはお前らの理屈だ!
人の不幸につけこんで自分の利益を求めてるんじゃない。
何が究極の他利行だ!
自己満足に浸るなら、同じ穴のムジナ同志、仲間うちで傷舐めあってろ!
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霊能者は誰でもなれる

真如苑で言われていた言葉を思い出しました。
回りくどい教義を取り除くと、教団にカネを運んで、ヒトを連れて行き、コールドリーディングができればなれます。
バカにされていたとつくづく思いま
す。
プロフィール

緋色

Author:緋色
親が真如苑に嵌っています。

私は親越し、直接会った他の信者さん、真如苑の事務員さん越しに接触した真如苑を疑問の目で見ることしかできません。
信者親や他の信者さんからは、勝手に無断入信させられたり、因縁を持ち出し、酷い目に遭う等と脅されたり、真如苑の事務員さんは
都合の悪いことは信者さんになすりつけ、無断で入信できるシステムを放置することも私は理解できません。
ですので、私はアンチの立場です。

更に細かい理由、事実の経緯はブログ内の記事を参考下さい。

信条として、ご先祖さんは自宅の仏壇に時々祈ったりお供えしたり、盆にお参りして一生懸命に人を騙さず生きていればそれで十分喜んでくれて供養になり、自分が死んでもこれくらいしてくれれば十分だと思っています。
自分が酷い苦しみと絶望のうちに死んだとしても、子孫に恨みつらみ苦しみは絶対に残したくない、、、。

幸せに生きて欲しいと心から願っています。

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