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信者さんの心理

YAHOO知恵袋で真如苑関係の質問に回答をしています。
一部の信者さんらしき人も回答を寄せるのですが、真如苑に疑問や被害を受けている方の質問に対してよく書かれている回答が、要約すると以下になります。

1.ネットは偽情報がいっぱい
2.こんなところで聞くなら苑や導き親に聞け
3.回答は真偽不詳の罵詈雑言ばかり
4.反苑の人間が書く、推測でかかれた根拠の無い誹謗中傷
といったところで、中には真如苑は素晴らしい団体だ。という記述もあります。

本当に信者なのかはおいておいて、何故このような思考になるのかがわかりません。
よぉく見ていくと質問のパターンもほとんど”しつこい勧誘を受けて”や”親がはまって”という内容で書いてある内容も自分が実際に経験した内容に近く、どうしてもこれが根拠の無い質問には思えません。
反苑に属する回答者の方の回答もほとんど自分の経験した内容と同じなので、根拠が無いとまで断定することは私にはできません。

何故、同じような質問が続くのでしょう?
何故、同じような回答が続くのでしょう?
そこに真実はひとかけらもないのでしょうか?
この状況は信者さんは、すべて根拠が無い誹謗中傷と断定できる根拠とはなんなのでしょうか?

今まで私は接した信者さんに根拠をつきつめた話を自分の知る限りの知識を動員して何度もしたことがあります。
誰も答えれませんでした。
それだけ根拠が薄いものなのです、そして、それを信じざる負えない精神状態であること、家族がそういう状態であると、脱力を感じますが、でも、根拠は薄いものなのです。
信者さんのいうことはよーく聞きましょう。
穴を探しましょう、調べましょう。
理論武装すればちょっとは対抗できると私は思います。

対するには”根拠”です。
それを見つけましょう。






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非公開コメント

No title

YAHOO知恵袋のほう、私も読ませていただいていました。

大般涅槃経のことは、是非答えて欲しかったものです。
私もM親から、聞かされていました。「誰も説けなかった・・・」という話を。

これはどういう意味だろう、とずっと考えていました。「誰も訳せなかった」「訳さなかった」「どの宗派も基盤の経典とできなかった」「しなかった」・・・
ネットでも信者の方々は大般涅槃経のことを最高の教えと高らかにいいますからね。どういう意味なんだろうとずっと不思議だったのです。

最高の教えと言いますが、他のお経のにも、これが第一、みたいに書いているものって少なくないですよね。だから、これを最高の教えとする理由はなんなのか・・・(最後だから最高なんでしょうか)

信者の答えから、彼らは始めから聞かされていることになんの疑問も持たないのだろうと思うのです。「最高なんだから最高」「誰も説けなかったから最高、究極、教主はすごい」という感じなのでしょう。まさしく「感覚」としてとらえることができるのだと思います。(それも才能なのかもしれませんが)
だから、論点にすらならないのではないでしょうか。自分たちにとっては当たり前のことだから。そこを論点にする方が変なんだ、と。
「そうだからそうなんだ」ですね。だから「信じて」からはじまるんでしょうね。

どうしてだと考えたこともないとすれば、また、指摘によって考えようともしないのなら、議論にはならないのです。考えたこともないなら、答えようがないわけですから、キレるか逃げるかしかないのでしょう。

M親にいくつか質問をしていますが、答えが返ってきたことがありません。それについて考えてみたことがないのだと思っています。そして考えることもしていないのだと思います。議論することも無駄だと思っているのでしょう。当たり前すぎて。

勧誘トークに「大般涅槃経のことを最高の教え」というのは、間違いなく入ってくるんでしょうが、これも己が勧誘された時聞かされた刷り込みでしょうね。自分の言葉で語ることができず、刷り込まれた受け売り言葉が多いから、薄っぺらく感じられるんですね。

やっぱり「思考力」、奪われてますね・・・

No title

知恵袋の例の篤信者の発言が矛盾に満ちている事は誰の目にも明らかです。
一般の方があの投稿を読めば、苑に思考を奪われた人の可哀想な精神状態が明確に見えるのではないかと期待してます。
一見まともな事を発言する信者の方もいらっしゃいますが、その発言内容は苑の矛盾点に関して無関心だと言っているだけで結局のところは「受け手の自己責任だ」とする事務局と同じ見解に見えてしまいます。
受け手からまず思考力を奪うという苑教義の手口が大問題であるのに、正常な思考力を前提にした「受け手の問題」だとするのは非常に卑怯な論理だと思います。
私もこれからも知恵袋での問題提起を続けます。

No title

まささん、ありがとうございます。

知恵袋の信者さんの発言がすっきり受け取れず、ずっとモヤモヤしていました。まささんのご指摘を読んで納得しました。その通りだと。

No title

Cipherさん

あの知恵袋の私の文章もうちょっと冷静に書いて誘い水にすればよかったと思っているのでちょっと恥ずかしいです。
本当はあのあと、2問ほど、突っ込みを入れた質問を書いたのですが、ある被害にあった方が「どうせ信者から答えはないですよ。」とコメントがあって、それもそうだなぁと思って消しました。

実はあの質問者さんの回答って、信者親や私が実際に会った信者や事務員も部分的に同じ回答をしていたので、「なんだまたかよ。」というのが本音ですが、あの質問者さんの回答だけで判断しても、大般涅槃経に相当なプレミア感を植えつけているのだ感じました。
4世紀に作られた経典が誰も読めなかった経典が残るわけが無い。
そもそも伝えるために作られたものなのに!。
全部読んだわけではないのですが、私は大般涅槃経と苑の教えがイコールというか仏教とイコールにはなりませんし、おそらく最後のお話をまとめた内容であること、それ以前に出ていた経典の補完的な意味とされた解釈もあったので、都合が良かったのではないでしょうか?
多分、「最高」と決めたから最高なんです。
本来の真言宗は大日経を掲げるので、真言宗という言い方もこれではおかしくなりますよね。

多分、論点とすることすらタブーなのか、単純に私は知らないだけなので、突っ込まれたら切れるしかしだけだと思っています。
こんな素晴らしい宗教を信じていて仏性を磨いている素晴らしい僕達が、信じていない人間に負けるわけにはいかない。というところでしょうか?
それか本当は気づいていて、自分で認めたくない。
だけかもしれません。
否定すると自分の世界が壊れますからね。

まささん
まともな発言の方のコメントは、あれはあれで有りだと私は思っていますが、あのような方は多分、それは良い面だけで、うまく回った場合だけだと思っています。
なので部分的と書いた次第です。
私は受け手側の問題もあると思います。
自分の信者親を見てると苑だけの100%の責とはどうしても思えないんです。
もちろん私自身もです。

あの時、強い言葉で接しなければ、、、とか
導き親や他信者もまとめて論破してしまい、結果信者親が責められますますのめりこみ(何故だ)になってしまったりとか、自分の立ち回りの悪さに今でも気落ちします。









No title

「あれ、他の質問は?」と思っていましたら、消されたのですね。
なかなか回答がつかなかったので、この手の質問にはこたえられないのかな、と思っておりました。

涅槃経は親鸞も引用しているとネットで見ました。
(ただ、涅槃経は2種類あるので、パーリ語の涅槃経か大乗の涅槃経かはわからないのですが)

だから、誰も訳さなかったってことはないと思うんですよね。

またそのあたりも、訳さなかったんじゃなくて説かなかったとかいうのでしょうかね。
じゃあ、説かなかったってどういう意味かって聞けば無言でしょうね。

ネットで信者さんが「真如苑は、大般涅槃経をなんたら~」って書き込んでいますが、導き親からもらった手紙に全く同じものを見つけるとこれってどういうこと?って思います。マニュアルでもあるんでしょうか・・・

Re: No title

そもそもそんなにありがたい経典が製作されてから、16世紀以上の間誰にも読まれない。
なんていうことは無いと思います。
サンスクリットでもパーリでも漢語でも、訳されたり、文書として残っている以上、訳せなかったということもありえないです。
完全に分断されていたのなら別ですが、伝承されているのですから。
誰も読めなかった文章がそもそも伝わるわけが無い。
言語も残っているわけですから。

ご指摘どおり大般涅槃経は2種あります。
この点もつっこむつもりでしたが、止めました。
彼らにとっては伊藤氏解釈のものだけだと思いますので。

マニュアルは実際どうかははわかりませんが、受け答えや思考の共通性を見ると、基本となるものはありそうですよね。



> 「あれ、他の質問は?」と思っていましたら、消されたのですね。
> なかなか回答がつかなかったので、この手の質問にはこたえられないのかな、と思っておりました。
>
> 涅槃経は親鸞も引用しているとネットで見ました。
> (ただ、涅槃経は2種類あるので、パーリ語の涅槃経か大乗の涅槃経かはわからないのですが)
>
> だから、誰も訳さなかったってことはないと思うんですよね。
>
> またそのあたりも、訳さなかったんじゃなくて説かなかったとかいうのでしょうかね。
> じゃあ、説かなかったってどういう意味かって聞けば無言でしょうね。
>
> ネットで信者さんが「真如苑は、大般涅槃経をなんたら~」って書き込んでいますが、導き親からもらった手紙に全く同じものを見つけるとこれってどういうこと?って思います。マニュアルでもあるんでしょうか・・・

周囲で100人に1人も行っていない教え

そもそも無断入信も含めて90万人程度しか行っていない教えです。1000人に7、8人程度です。
秘密裡に人をマインドコントロールしてこれだけの数字です。
大般涅槃経の利用は、秘密裡に仏教に無知な人の心を捉えるために教主が思いついたのでしょう。

No title

一闡提 さん

今回の経緯で改めて考えたのは大般涅槃経はプレミア感をつけやすかったのだと思います。
お釈迦様入滅あたりの状況の話で、補完的な意味合いがあったこと、伊藤氏が自分の定義付けを行う際に上手く合致しやすかったからだと思います。

2種類あることは信者さん、、、というか苑では教えているのでしょうか?

今回改めて妄信することで調べない怖さを知りました。

法華経では救われない

信者は最後に説かれた涅槃経が一番優れていると思っています。
そして涅槃経を経典とする教えは過去にあったが、トップが如来と同じ位でなければ続かない教えである。
私が信者時代に聞いた逸話ですが、接心の霊言と同じく、次々と後付けで作られていると思われます。
「苑主が如来と同じ位である」と暗に言い、「過去にも類を見ない凄い教えである」と言いたいのでしょう。
何代遡った先祖の話なのか、嘘かも知れないけれど、嘘とも本当とも立証できない話。
それが集団パワーの力をして信じ込まされた信者によって不快感と共に周囲にまき散らされているのです。
プロフィール

緋色

Author:緋色
親が真如苑に嵌っています。

私は親越し、直接会った他の信者さん、真如苑の事務員さん越しに接触した真如苑を疑問の目で見ることしかできません。
信者親や他の信者さんからは、勝手に無断入信させられたり、因縁を持ち出し、酷い目に遭う等と脅されたり、真如苑の事務員さんは
都合の悪いことは信者さんになすりつけ、無断で入信できるシステムを放置することも私は理解できません。
ですので、私はアンチの立場です。

更に細かい理由、事実の経緯はブログ内の記事を参考下さい。

信条として、ご先祖さんは自宅の仏壇に時々祈ったりお供えしたり、盆にお参りして一生懸命に人を騙さず生きていればそれで十分喜んでくれて供養になり、自分が死んでもこれくらいしてくれれば十分だと思っています。
自分が酷い苦しみと絶望のうちに死んだとしても、子孫に恨みつらみ苦しみは絶対に残したくない、、、。

幸せに生きて欲しいと心から願っています。

管理人緋色へのご連絡用
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