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共通項

このブログは自分が経験した内容に基づいて書いています。

私は以前、職場で創価学会と幸福の科学、、、あ、阿含宗もですね、と一緒だったことがあります。
エホバの証人の信者も同級生にいました、友人で元阿含宗の人も居ました(彼は矛盾に気がつき退会しましたが)。
書きながら思い出せば、学生時代のバイト仲間が友達の恋人が新興宗教(団体名忘れましたが)にハマッて教団関係者宅から帰らなくなって救いに行った。
という話も聞いていたので、よくよく考えれば比較的新興宗教に接触する機会、、、それもハマっているタイプに接する機会があったと思います。

教義や主張するところはそれぞれ違うかと思いますが、と言っても、言ってる事は名詞が違っているだけで、目的、内容は私は同じように感じますし、宗教に精神的な救いをもとめることは否定はしませんが、私にとっては鰯の頭も信心にしかみえません。

さてさて、何がこの記事の主題かというと共通項です。
極少数だろう!と言われるかもしれませんが、その極少数のサンプルで考えるに、どの団体でもハマっている信者さんって共通項があります。

1.何がその宗教で優れているのか論理的に説明ができない。
ただとにかく凄い!いいんだ!
2.否定すると切れる。
3.信じないなんてカワイソウという思考パターン。
4.ちょっと持ち上げると、「やっと解ってくれたのね!。」とここぞとばかりに押し付ける。
5.相手の意見を聞かない、独自の短絡論理展開でしか話をしない。
6.話を振ると途端に熱く語りだし、目がどこをみてるかわからないような感じで飛んでる。
7.俺んとこが最高だ!。他のは駄目!という視野の狭さ

だと私は個人的に感じます。
実はこれって共通項が他のものにもあるのです。
私は以前アホ上司(後に横領が発覚して解雇された)に無理やりマルチ商品の説明会に連れて行かれたことがあります。
そこで出会った人達は、その方達には申し訳無いのですが、ハマっている信者さんと同じに私には見えました。

「この商品、ほんっといいから!。」
「私と●●さんはこの商品のおかげで月収が今までの2倍になったの!。」
「今、入らないと絶対に損する、今回の募集数は少ないから今がチャンスなの。」
「他の商材だと儲からないけど、これは間違いないよ!。」
「これで私は成功して友達にも家族にも幸せを与えられた!。」
「(実際に本当だったかどうか別として)弁護士にこの販売会(って名目だったかなぁ)に立ち会ってもらったら、全然法律的に問題が無いと言われたから安心して。」
「お金はそんなにかからない、初期投資やかかった分は即回収できるよ!。
※1」
このように熱心に誘ってくれました。
それこそ目が飛びながら、熱心に力説してくれました。

説明会でも成功者(?)がスピーチするのですが、「友達に誕生日にヘリコプターでのフライトをプレゼントされて嬉しかった、こうなったのも自分が一生懸命この商品を売って、売る中で自分が磨かれ、良い友達にめぐり会えたからで、、、(以下略)。」とか「自分はひどく不幸だった、でも商品を売る中で経済的な余裕が生まれ(以下略)、、、。」それを羨望のまなざしで頷きながら聞く会員(?)も居ました。
最後は泣きながら絶叫して、全員で万歳をして、、あれ?何か似てませんか?

これって被害にあった方は解ると思いますが、微妙に商品とか名詞や言葉を、宗教団体名や関係する言葉に変えてみてください。
似てませんか?

実際のところ、力説している姿や強烈な勧誘する姿なんか、苑が如何にすばらしいか語っている信者親とまったく同じに見えました。
もうすっごいデジャブです。

何事もハマってしまって視界が狭くなり、自分の姿が見えなくなると如何にその姿が滑稽で救いようが無く見えるのか本人は解らないのでしょう。
本当に自分のところは正しいのでしょうか?
そもそも正しいって定義はなんでしょうか?
自分のやっていることを第三者が見たとしてどのように評価されるか考えれますか?

※1 その団体のカタログを見ると、勧誘者はその会社からカタログ等の商材一切合切を会社から買う必要があります(今はどうかしりませんが、一昔前の生保レディもカタログ等は会社から購入していたと聞いたことがあります。)。
実際の商品自体を購入するのは非常に安いです、初期投資数万+商材の金額が数百円だったと思います。

ですが、実際に運営をするとなると、販売先の確保、カタログ等の商材の購入費、実際の商品にはある追加が必要でした。
この追加分は数百円では済みません。
実際の本当の商品はこの追加分がこれに当たります。
-あまり細かく書くとどの会社かバレるので書きませんが。-

販売者にとっての売りの商品本体は安く、しかし本来販売することになる製品(追加分)は高額、細かく関連させて複数販売者はマルチ会社への支払いが発生する仕組みになっています。
(あれ、このシステムもどこかで見たような、、、。)

もちろん、かなり初期の段階で子を沢山得ることができ、販売先を固定できるなら確かに儲かると思いますが、同考えても私が受けた時点では儲かるわけが無いと思いました。
何よりアホ上司が私を連れて行った理由は、アホ上司をこのマルチに誘った相手が取引先の担当者だったのですが、私を人柱紹介して、自分自身は入る気も無く、「先行投資だ。」と私に押しつけやがった
強く入会を勧めたのでもちろん断りました。

さらに余談ですが、その取引先の方は勧誘がうまくいってなかったようです。
私は意地悪なので、「友達にカタログ配るので10冊くらい下さい。」と言ったらものすっごい嫌な顔をされました。
「それよりこういう会につれてきてあげて欲しい。」そりゃそうですねよね、カタログって買ったら1000円/1冊って書かれてましたもんね、商材販売価格表に。

取引先の方は結局、勤務先の景気もあまり良くなくて手を出したようでした。
どちらが先の原因なのかわかりませんが、ひどくせっぱつまっているようにも私には見えました。
これもどっかでみたように思います。

以上、長々とお読みいただきありがとうございました。

























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徳という通貨で買う「ご利益」という曖昧な商品

マルチ商法になぞらえると解りやすいですね。
「とにかく良い商品だから」と、徳というものを金を積んだり無償労働をしたりして、どこに積まれるのか解りませんが、徳を積むことで「ご利益」が得られる仕組みです。
また、人を勧誘してもその徳が積まれます。終いには勧誘しなければこれ以上徳が積まれない。だからご利益も得られないことになってしまいます。
そして、「ご利益」の実態を隠すために、「この教えはご利益信仰ではない。」とトートロジー的にはぐらかします。
他の宗教の手口となかなか比較できませんが、この教えの騙しのテクニックを知れば知るほどよく考えられていると思っています。

No title

一闡提さん
この記事の中にでてるく阿含宗を辞めた友人に聞いてみたのです。
何故辞める気になったのか?
結局のところ、勧誘をしていかないと次のステップに進めないことに気がついた。
勧誘しなさいという雰囲気は確実にあって、それが嫌だった。
単純にこれは人に薦められないものだと周りをみて気がついた。
そうで、やりとりもまさにトートロジー的なやりとりは先輩信者との間であったそうです。

どうも聞いていると基本のシステムはどこも変わらないように私は考えています。

勧誘が新興宗教の基本

阿含宗についてざっとネットを見ましたが、『勧誘』に当たる取り組みが見られませんでした。
如苑の様に大々的に勧誘(オタスケ)を掲げていなくとも、基本はネズミ講の様に下位会員を増やすことが経営上必要なのでしょう。

No title

今、僕がブログで取り上げている“正しい精進”の中に、勧誘が含まれます。

何故、勧誘しなくてはいけないのか。緋色さんがお書きになったこの記事では「本当に儲かるのなら、人に紹介しないほうが良いんじゃない?」って素直に思いますよね。「儲け話をあなたと分かち合いたい」って、利潤を分かち合うほど、親しい仲でもなければ、それまでの利害関係でもないのに、明らかにおかしい。

如苑も、何故勧誘しなければいけないのか?それが疑問です。
別に、勧誘しなくても在籍できますけれども、正しい精進(篤信者が言うところの、悪因縁を切るために本当に必要なこと)を進める上で、勧誘ノルマが課せられてきます。大乗の会座もそう。霊能発動もそう。お勉強会(ちりゅーいん)もそう。

正しく如苑と取り組むためには、勧誘が必須。でも何故?

その矛盾を、僕自身ももう少し掘り下げていこうと思っています。

誘わなければならないのは

宗教ビジネスにおいて、安定経営をするためには、やはり安定収入が必要となります。
伝統仏教と言われる葬式仏教は檀家からの布施の値上が図られました。
宗教関係書籍によると、宗教法人法の考え方として、宗教法人の不動産は檀家の為だけに檀家の出資によって使われるから、非課税なのだそうです。
それをも隠れ簑として、新興各宗教団体は「勧誘」を基礎とした檀家である信者獲得や金銭が教団に流れる取り組みや修行を競って開発してきました。
その代償として、信者の財産、余暇、社会的信用が浪費されます。教義はそれが人の為であり自分のためであると集団心理も利用しながら信者を急がせるのです。

ビジネス

勧誘は結局ビジネスなんだと思います。
あれだけ大きくなり、箔をつけるためには資金が必要ですので、勧誘が強くなって行ったのは必然なのではないでしょうか?

今あるものを現信者だけで今後も同様に維持していくといつかジリ貧になるわけで、中には脱会する人もいる以上、システム上勧誘し続け、依存させ続けないと金づるが逃げるわけですから。

■一闡提さん
友人に確認したら、「おたすけ」に相当するものはなかったが、やっぱり良いものだから他の人に伝えるべき(要約)という状況にはなっていたようです。
彼はやりませんでしたが。

■谷居さん
>「本当に儲かるのなら、人に紹介しないほうが良いんじゃない?」
その通りなんです。
結局彼らは成功例(それ真偽は別として)て出して是が非でも、自分の下に子を作らないと儲からないので必死になります。
その姿はそっくりです。

最近のYAHOO知恵袋のほうでは、ノルマは無い、貢献度は径親になるための基準では無い。
と書いている信者さんが居ましたが、じゃぁどうやって、それを計るのか?基準は何か答えてみろよ、、、なんて思いました。
じゃぁ”おたすけ”は何の意味あるのか?
矛盾しているように思うのです。



No title

>「本当に儲かるのなら、人に紹介しないほうが良いんじゃない?」
多分、気持ちいいんですよ。憐れな他人に(迷惑な)施しをする自分が。
表面的には利他の素晴らしさを看板にした宗教ですから、自分が「利他」に関われて理想に近づけるような気がするのでしょう。
そういった信者本人へのご褒美(報酬)すらセルフサービス(自己満足)なので、見事なネズミ構だと思います。
プロフィール

緋色

Author:緋色
親が真如苑に嵌っています。

私は親越し、直接会った他の信者さん、真如苑の事務員さん越しに接触した真如苑を疑問の目で見ることしかできません。
信者親や他の信者さんからは、勝手に無断入信させられたり、因縁を持ち出し、酷い目に遭う等と脅されたり、真如苑の事務員さんは
都合の悪いことは信者さんになすりつけ、無断で入信できるシステムを放置することも私は理解できません。
ですので、私はアンチの立場です。

更に細かい理由、事実の経緯はブログ内の記事を参考下さい。

信条として、ご先祖さんは自宅の仏壇に時々祈ったりお供えしたり、盆にお参りして一生懸命に人を騙さず生きていればそれで十分喜んでくれて供養になり、自分が死んでもこれくらいしてくれれば十分だと思っています。
自分が酷い苦しみと絶望のうちに死んだとしても、子孫に恨みつらみ苦しみは絶対に残したくない、、、。

幸せに生きて欲しいと心から願っています。

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