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ある信者さんの思考について・3

「真如苑の教えを精進するのは厳しいです、ハッキリ!言って精進しない方が、ずっと楽な人生でしょう、自己満足に浸るだけで人生良くなるなんて虫のいい楽な教えではありません!もっと事実を知って下さい。」

ある信者さんの言葉です。
私は精進の何が厳しいのかわかりません。

私が知っている精進は、
・信者親があちこち電話したいた。
・信者が家に来た。
・週末出かけて朝から夜まで家に居ない。
・見る間にグッズが家に溜まっていった。
・接心、護摩等を受けてきた。
・家族、親戚、近所等を勧誘した。
・歓喜(寄付)していた。
程度しか知りません。
厳しい、、、?
もちろん皮肉なのですが、そりゃ家族に反対されて周りから疎まれて、ネットで検索すれば”カルト”だの”新興宗教”だの書かれているの読んだり、職場や友人関係に勧誘して周りにヒソられることは厳しいですね。
としか思えません。
接心を受け、護摩を焚いて、星札買って、勧誘して、歓喜して、、、。
うんうん大変ですね、、、というか、そんなことやる意味って自己満足以外の何物でもないのではないでしょうか?

不勉強ゆえ、精進がどんだけ厳しいものか私はわかりません。
寒修行とか聞いたことはありますが、厳しい、厳しくないのって、それって自己判断で決まる部分もだいぶあるわけで、それを他者が見て、うわっ真如苑キビシ-っ。と思うかは別問題な気がします。
私自身が「うぉぉぉ、本当に厳しいぜ。」と思えるソースも無く、他者が理解できない以上、それはオナニーと同じ、自己満足以外の何物でもない気がします。

私は苑に関しては、信者親とその取り巻き信者、事務員という実例しか知りません。
信者親とその取り巻きに関しては、私を「辞めたらとんでもないことになる。」と最後(でもないですが)に脅してきまし、信者親が接心で「苦しんで死んだ先祖霊が原因で云々」と聞いてきて、護摩やらなんやらやっている結果を見ていると、やっぱり目に見えないものに責任をおっかぶせているとしか私は思えないんですよ。
経験を基に、私の見解を曲げる気にはなりませんし、内容も解らず、厳しいの言われても、それは私が実際に経験したことを覆す根拠にはならないのです。
直接経験したものでもなければ基本的に私は信じませんが、それでも、私の経験上正しいと断じれる結果、反証ができれば信じることはできるでしょう。
単に厳しい、そんなことはない”私は”信じられるんだ、と言われてもソースも無いものを信じれるほど素直な性格はしていません。
自分だけなら、私が接触した人がハズレだった。と無理やり納得しなくもないのですが、実際同じような経験の方が沢山いる以上、いくら「苑の精進は厳しい。」と言われても「だから何?ソースも無しに何言ってんの?。」
というのが本音です。

”私は”信じられる。でも一部の信者と事務員の中には腹が立つ人間がいる。止めた人はこの信者と事務員とそりが合わなかっただけ、というのは、遠回しながら、苑に責任は無い、と言っていることに他なりません。
苑の教え、システムが介在していたからこそこの手の信者、事務員は生まれたわけで、原因は当人、とし、”私は”信じられる。
として人に薦めるのは無責任だと感じます。

というか篤信者肉親から迷惑を受けている人間にその話が通じると思う思考自体が理解できません。
(あ、私の場合、篤信者にこの手の話をいくら話しても理解してもらえない、という前提で常に書いています、念のため)
車を運転して事故を起こした車に同乗していた人がけが人に向かって、「車は安全なものなんです。この事故に車は関係ありません、運転手が悪いんです。すごいんですよね、この車のメーカーって!」って言っているのとなんら変わらないのです。

自分の言動の矛盾さ、ぶしつけさ、失礼さに気がつかないことが、この手の篤信者の恐ろしさだと思います。

どうか、この方が人生のほうが厳しいことを少しでも早く気づきますように。
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真如苑の地方支部が撤退

新聞記事で以下の記事を読みました。

抜粋
「真如苑(本部・東京)仙台支部は、建物の内部が東日本大震災で大きく損傷。今年から解体工事に入った。真如苑広報課によると、新築はせず、3カ所の駐車場を含め敷地の売却を検討している。移転先や売却先は「未定」としている。」
↓クリックすると元記事
その記事

何が言いたいかは判りますよね?

ある信者さんの思考について・2 

私の性格は激しくて、その原因はDNAによるもので、DNAは因縁に含まれるのだそうです。
うまいこと言われちゃいました。
座布団5枚くらい渡したいです。
、、、超脱力中。

さてさて
↓この記事を書いたところ
該当記事
↑クリックすると開きます。
※オレンジの文で本日追加をしてあります。

↓こんな回答を知恵袋で頂きました。
----------

緋色さん、こんにちは。

また釣られてしまいました、お人好しなもので(笑)

やっぱり、緋色さんもアンチの方々も理解出来ないのではなく、理解する気がないのですよね。

要するに、「真如苑はカルト教団で、仏教的な雰囲気の中でマインドコントロールされて、布教活動と称して会員を集め、さらにはお金を吸い上げるシステムの確立したネズミ講だ」と言う、色眼鏡をかけているのです。

真如苑を批判しようとすれば、いくらでも出来ますよ。

赤い色のサングラスをかけていれば、真っ白な物も赤く見えてしまいます。

アンチの方々は、カルト教団でマインドコントロールするネズミ講と言う部分を否定する意見は、聞く耳を持たないのです、と言うか、理解したくないのでしょうね。

理解しなくて、結構です、死ぬまで理解しないでアンチ活動を続けて下さい。

それから、緋色さんの親御さんの件ですが・・・・・・

さんざん親御さんに怒鳴られた殴られたと、晒し者にしているくせに、親をコケにするな???
こっちの方が、さっぱり理解出来ません。

緋色さんは、自分の性格が激しいのを自覚されていますか?
親御さんも似たような激しい性格ですよね、要するに遺伝ですよ、遺伝も因縁の範疇に入るからそれは「因縁」だ!と言ったのです。

誰でも、親に怒鳴られたり殴られたりするのは当たり前???
だったら、真如苑がなくても怒鳴られたり殴られたりしている訳じゃないですか、私の言った通りの状況ですね。

ちなみに、私の親は信仰を持っていましたが、怒鳴られたり殴られたりした事は一度も!ありません、世の中の家族がみんな緋色さんの家族と同じと思うのは間違いです、一緒にしないで下さい。

それから、検索すれば沢山出て来るでしょうが、今まで、掲示板でサンザン、真如苑にまつわるアンチとシンパの議論は続いてきました・・・・・・

でも、結局、ずーーーーーっと平行線をたどって終わってます、結論は出ません、はっきり言って無駄です。

私は、真如苑の教えには微塵の疑問も不信感も持っていませんが、教徒・事務局員・一如社職員等には、何じゃこいつは!と言う人が多くいますし、不愉快なおもいをさせられた事も多々あります。

この辺が、アンチとシンパを分けるポイントだと思います。

反苑の会のHPを見てもそうですが、苑の中に嫌な奴がいて教えが信じられなくなって、苑を去ると言うパターンがほとんどですね。

仕方ありませんが、苑を外から見て教えを理解しようとしても不可能です、永久に理解出来ないままアンチ活動を続けて下さい。

---------
非信者で信者親やその取り巻き信者から嫌な目にあった私からすると、この方が書かれている、
「私は、真如苑の教えには微塵の疑問も不信感も持っていませんが、教徒・事務局員・一如社職員等には、何じゃこいつは!と言う人が多くいますし、不愉快なおもいをさせられた事も多々あります。この辺が、アンチとシンパを分けるポイントだと思います。」
なんでそこで止まるのよ?
自分の信じるものを悪くする原因をなんで改善しようとは思わないの?
”悪いのは一部の信者、事務員で苑は正しい!”
に帰結してしまうことは、受け手の私としては、ものすごい徒労感を感じます。

さてさて、この方は真如苑のアンチは”信徒個人と事務員の行動の影響で辞めた人”と書いています。
苑自体は関係ない=苑には責任は無い。
というスタンスですが、アンチ派がアンチの原因として主張しているのは私の知る限り、以下のような内容だと思います。
・新興宗教であるのに、伝統仏教だの、国が認めた、等の誤用を行う。
・仏教といいながら実際は教祖崇拝型の団体であること
・検証できないことに原因をもとめ、結果安くとも明らかに金額徴収機会が多いこと
・無断入信を起こす教理、システムであること
・暴走する信徒がいること(結果として、事務員、信者から嫌な目にあった人や辞めるキッカケなっている)
・暴走する信徒がでる原因は苑にまったくないのですか?
というあたりだと思いますが、この状況に苑自体が介在していない、苑に責任が無いことってありえるのでしょうか?
あ・り・ま・せ・ん

メガネの話は前提をすっとばして書いているので意味不明です。
赤いメガネをかけざるおえない状況にしたのはあなたの所属する苑と一部の信者でしょ?
あなた自身が書いているように!

苑が無ければこの状況は起きなかったのです。
接心をしているのも信者ですが、その道筋、根本を作っているのは苑の教えであり、システムです。
「苑は素晴らしい!。」「本来の教えと違う!。」と結論するのはあまりにも的外れでしょう。
ある会社の製品Aで不良が出て、その会社の営業マンが「Aでは不良がでていますが、同じ製造工場で作っているA'では不良品はありませんよ!うちの会社の製品は本来とても良い製品で、不良品を出しているのはうちの会社の一部の製品だけなんです。だからうちの会社の製品を信用してください!」と言っても、クライアントは納得しませんよ。
どんだけ都合のよい解釈すれば気が済むのでしょうか?

こういう無力感は信者親と話す時の論旨のはぐらかし、根拠の無い去勢を思い出して本当に嫌です。
いやー、あのー、こちらの論点ってそこじゃないでしょ?
聞いてる?
という脱力感、、、久々です。

元の記事に追加もかけましたが、殴る、怒鳴る、というのは程度の差もありますが、所謂虐待レベルのことではありませんし、表現を誤解されるのも嫌なので直しましたが、部分的に恣意的に引用されてもなー、ほんっとうに久々の徒労感でいっぱいです。

なにより、この方が書かれている以下の文章
>誰でも、親に怒鳴られたり殴られたりするのは当たり前???
>だったら、真如苑がなくても怒鳴られたり殴られたりしている訳じゃないですか、私の言った通
>りの状況ですね。

>ちなみに、私の親は信仰を持っていましたが、怒鳴られたり殴られたりした事は一度も!ありません、
>世の中の家族がみんな緋色さんの家族と同じと思うのは間違いです、一緒にしないで下さい。

この方は、私の親は普段からとにかく怒鳴り、殴っており、私の性格がキツイそうで、それは因縁のせいなんだそうですよ。
これは私が「親だって殴ったり怒鳴たりすることもあるでしょ。」と書いたことに対してのレスなのですが、もともとこの方が引用しているのは私のこの一文です。↓

少なくとも、家の親が信仰していなければ、信仰しないことで殴られることも、怒鳴られることもありませんでした。

これは、
「私がおとなしく真如苑を信仰していれば、信仰しないことで親から殴られたり怒鳴られるようなことはなかったでしょう。」
という意味で書いたつもりなのですが、私の日本語が変なのでしょうか?
仮に信仰していても殴られるなら、苑自体効果が無いという意味にも取れますが、なにより”信仰しないことで”という条件つけているのに、何をやっても殴る、怒鳴る親というように、ことさら強調して恣意的に曲解して、YAHOO知恵袋で引用するのは作為的な悪意を感じます。


この方はこうも書かれていますが、

>ちなみに、私の親は信仰を持っていましたが、怒鳴られたり殴られたりした事は一度も!ありません、

この方の親は、文章の流れからすると苑では無いようにとれますが、何か別な宗教団体に加入していたようです。
わからないのは、この方は信仰に関して家族間で揉めたことがあるのでしょうか?
もともとの私の原文は、
”信仰に関して家族で反対し、揉めていた”
”ものすごく強い否定を繰り返してしまった”
”だから殴られたのだ”
という前提のうえで原文を書いたのですが、
この方は一切の条件無く、一度も怒鳴る、殴られたことがない、、、そうです。
で?
だから?
うちの親と私が悪いと?
因縁だと?
私の実家は勝手に揉めて本人たちの自己責任だけで瓦解したと?

文脈からすると信仰にこの人が反対していた、、、ととれなくもないですが、どちらにしても、叱るときも声を荒げない親だったんですねきっと。
なんとも判断できませんが、、、。

”怒鳴られ、殴られなかった。”というのは、よく書けば、
「良かったですね、そんな親で。あなたは箱入り娘(息子)なんですね。」

「勧誘しなかったのなら、信仰の薄い人か珍しく良いタイプの信者だったんでしょ?」
悪く書けば、
「あなたに無関心か、単にあきらめてただけじゃないの?。」
というのが私の印象です。

悪意を込めて書くなら、なんだよ、へたすっと親子二代そろって新興宗教の信者かぁ、、、。
こりゃメンドクサイのにからまれたわー、というのが偽らざる本音でもあります。

親の行為をさらしていることを批判されていますがこれはこのブログの趣旨のために必要だから書いているのです。
私はこのブログを立ち上げる前に悩み続けていました。
集団での勧誘、説得を受け続け、「自分は単に嫌なだけで、本当に正しいのか?」何度も何度も迷い、何度も自問自答したこともあります。
しかし、結果的に私は信仰できないという選択をし、苑の事務員と接してそれが絶対的な確信に変わりました。
※ですので、私のアンチ活動や主張を恨むなら、私の親信者自身とその取り巻き信者と私が接した事務員を恨んでください。
でも、当時の私は相談する場所も同様な経験をした親しい人もおらず、どうしたもんか?と途方に暮れていましたが、同じような悩みを持っている人をネットで読んだことで、私は自分だけではない、と救われました。
助言やアドバイスを頂き前を向くことができました。
このことから、同じように悩む人、騙された人向けに情報を発信するためにこのブログを立ち上げたのです。

東に、無断で入信させられた人がいれば退会方法を教え
西に、親が信者で苦しめられている子供がいれば、あいつら気の毒な人なんだから耐えて反撃しないさいといい。
南に、誤情報やミスリードさせる情報があれば、「これは正確にはこういう意味です。」と伝え
北に、「辞めたら飛んでもないことになる。」と言われて困惑している人がいれば「そんなものは気にするな。」と諭し
ってなスタンスのブログですので、ブログの趣旨上、親の行為は晒さざるおえません。
経験した事実を書かざるおえません。
こういう方たち向けにこの人のように「歩み方を間違えた信者さんなんです。」「歩みと違うと指摘すればいい。」そんな言葉が通じるわけないじゃないですか?

ですので、私はYAHOO知恵袋で「真如苑はどんな宗教ですか?勧誘されています。」と書かれていれば、
「良い宗教団体です。行ってみてください。」
そんなことをこんな私が書けるわけがありません。
信者の人はどう書いて欲しいんでしょうか?
「批判は胸にしまっておけばいいのに。」と書いた信者さんもいましたが、百歩譲って「一部でひどい信者がいるけど、行く価値はあります。」んなこと書けるわけがないじゃないですか?
うちの家族がバラバラになったのは100%親の性格が原因です、苑はまぁーーーーーーーーーーーーったく関係ありません。
言えるわけないじゃないですか?
考えれるわけないじゃないですか?
そんな根拠のないことを、、、鼻笑。
「昔はこんなんじゃなかった。」んですから。

繰返しますが家族がもっとバラバラになる、苑のその言葉を聞き、信じたからこそ親は暴走したのです。
私は過去何度か書いているように、うちの家族がバラバラになったのは私や親以外の家族にも親にも一端があります。
それは認めています。
しかし、苑に一切の責任や根源が無かった、そこに苑が何も介在しなかったとは言わせません。
苑は正しい、責任はありません。
そんなこと言える根拠が私にはありません。
「苑の教えではない。」
なら
家にある真如の道やら書籍はなんですか?
星札はなんですか?
毎週末苑の支部に通っていた記録はなんですか?
電話でもめる度に信者に相談していたことはなんですか?
家族仲が悪いとかうまくいかないことを相談し、何度も何度も接心を受け、接心の内容や教えを説明していた姿はなんですか?
十数年、毎週末苑に早朝から苑に通い続け、金と時間をつぎ込んだ結果がこれですか?
親戚、近所に良い宗教だからと勧誘を続け煙たがられた結果がこれですか?

それを一切苑は関係ない、本来の教えではない、教えを理解していないだけとし、親、先祖、私たちだけに原因を課すなら、あえてもう一度書きます。

家の親を舐めるな!
先祖を馬鹿にするな!
DNAや因縁のせいにして目に見えないものに依存して、現実に耳を塞ぎ、目を塞ぐな!

今までで一番信者親が気の毒だと心から思います。
あんまりです。
あれだけ一生懸命苑を信仰して、家族から疎まれ、親戚から疎まれ、信者らしき人から苑の教えとは違うと言われ、、、。

ってなことを書きましたが、それでもこの方にこの言葉を書いておきます。

いつかきっと現実の問題の前にあなたの信仰が役に立たないことや、疑問を持つことが起きると思います。
どうしても好転しない時、その時には気軽に私にメールしてください。
いつでも相談に乗ります。
まちがっても新興宗教を渡り歩くようなことがないようお祈りしておます。

苑の精進等ではなく、あなた個人の努力があなたに良い結果をもたらすことをお祈りします。

信者さんの思考

オレンジ色の文で2012/05/15に文を追加しました。

YAHOO知恵袋で質問を立てたところ、過去に書いた私の記事に関してコメントがありました。
私の書き方が悪かったのか、誤解されているようなので補足したいと思います。
その質問はこれ↓
YAHOO知恵袋での質問


該当の記事はこれです。↓
被害とは?(2010/06/30に作成した記事です。)

もともとこの記事の主題としては、

「非信者から見ての被害とはなんなのか具体例を出し、信者の考え方の一例とし、どのような心構えを持つか?」
ということで書いた記事です。
この文章の中で私はこのような文章を書いています。

------
ベースに「良い教えだから。」ということが頭にあるからこそ、こういう思考になるのでしょう。

少なくとも、家の親が信仰していなかれば、年間十数万単位での宗教がらみの出費はありませんでした。
少なくとも、家の親が信仰していなければ、信仰しないことで殴られることも、怒鳴られることもありませんでした。少なくとも、家の親が信仰していなければ、親類、友人親、近所の方から長時間、勧誘で時間を割かれたり、嫌な思いをしたり、そのことを迷惑だと私に言ってくることもありませんでした。
少なくとも、家の親が信仰していなければ、おそらくうちの兄弟はうつ病にはならなかったと思います。
------

で、ある信者さんらしき方は、
この文章
「少なくとも、家の親が信仰していなければ、信仰しないことで殴られることも、怒鳴られることもありませんでした。」
に対してこう書かれていました。

[少なくとも、家の親が信仰していなければ、信仰しないことで殴られることも、怒鳴られることもありませんでした]と言うのがありましたが、これは違うと思います。

元々、信仰がなくても何か別の事があれば、殴ったり怒鳴ったりするような親御さんなのではないですか?

苑で殴ったり、怒鳴ったりしても良いから、連れて来いなどと言う訳がありません、その証拠に、
[私が出て行った後も接心を受け、いろいろ指示をされたようで、猫なで声で「今まで悪かったわねぇ。」なんて手のひらを返して来たときもありますが、ちょっとつっつけば、化けの皮は剥がれました]と言う記述があります。

接心ではその時、「和合」「足元の取り組み」が示された筈です、そして、殴ったり怒鳴ったりするのは、親御さんの「因縁」です、信仰がなくても別の理由で、あなたは殴られたり怒鳴られたりしていた筈です。

そして、その他の事も信仰が無かったとしても、別の形現れていたでしょう、それが「因縁」ですから。
------

とのことですが、えーとですね。
① まず「少なくとも、家の親が信仰していなければ”信仰しないことで”、殴られることも、怒鳴られることもありませんでした。」
”信仰しないことで”と前提をしています。
それでもあえてあのように書いて来たということは、私の信者親の元々の性質のせいである、と述べたいのだと私は考えます。
②私の信者親が普段から殴ったり怒鳴ったりする親御さんかと言われれば、えー普通の親って、怒鳴ったり殴るでしょ?
頻度や加減の程度の問題もあるかもしれませんが、親だって人間ですから。

追加:私の言葉不足な部分もあるようなので追加します。
頻度や加減の問題ではないですね、”程度”が正確です。
私としては
殴る=はたく、お尻を叩く、ひっぱたく、手をぺしっ等も含みます。
怒鳴る=大きな声で注意する、ヒステリックに切れる(こちらの態度に対して)等も含みます。
私の周りでも、「昨日○○しちまったから親に怒鳴られた。」「約束破ったから殴られた。」なんてこと聞きましたし、この程度のことを含めて「えー、怒鳴るし殴るでしょ?。」と書いています。
”ちなみに、私の親は信仰を持っていましたが、怒鳴られたり殴られたりした事は一度も!ありません”
だそうですが、意味が解りません。
私は「親が必死に家族のために、信じているものを散々否定した結果として他の場合より頻度が高くひどく怒鳴られ、殴られた。」と書いています。
他の場合というのは前述したような怒鳴る、叩くのレベルの話です。
(あーなんか書いてて疲れてきました。)


後ろで書いていますが青く変えた部分のように”真如苑を否定することに関して私は他と頻度が段違いに殴られ、
怒鳴られた”と書いているとおりです。



信者親に関して言えば、私にとって苑以外に関しては許容範囲内ですよ、友人の親と比較してもちょっと小うるさい、ちょっと自己中心的くらいぐらいにしか感じていません。

更に書けば”苑がらみの問題で怒鳴り、殴る確率は各段に他の状況より飛躍的に頻度が高かった。”というのが実情ですし、これは親の名誉のために書いておきますが、”苑に係わる否定の話になると目の色が変わった。”というのが、まごうことなき事実です。
(これは同じように親が盲信している信者を持つ方は理解していただけるのではないでしょうか?)

殴って怒鳴ったのは自分が信じている新興宗教を自分の子供が小生意気にも、もの凄い勢いで否定したので切れたからです。
「苑の言う事なんか嘘だ!絶対に行きたくない!」
何度も何度も否定し、お札を破り、本を破り、ものすごい反抗をしたからです。
「インチキ!嘘つき!何でこんなの信じれるんだよ!馬鹿じゃないか!恥ずかしくないのか!」散々私が怒鳴り否定したからです。
信者親以外の家族全員が信仰を否定したからです。
苑から「家族が信仰しないと大変なことになる。」散々脅されて、一生懸命本人はそれを信じて信仰し、悪くなっていった家族の足元の和合(笑)をするために、精進しているのに誰ひとり家庭では味方がいない。
そりゃ殴りたくも、怒鳴りたくもなりますよ。
私だってその状況ならやりたくなります。
「家族のためにやっているのになんだっ。」ってね。
それが因縁、、、?
そりゃご気楽なお話で。
人生気楽で羨ましい限りです。
ああ、もちろん皮肉です。

信者で無い親も「昔はこんなんじゃなかった。」とこぼしていたので、信者親本人の人格や強く反対した私たちにに原因がゼロとは言いませんが、少なくとも増長させた原因は消去法で考えると”真如苑”です。
特に”接心”と”信者親の上の信者”が原因の一端です。
断言します。

それと、別に信者親だけでなく、信者親の取り巻き信者にも囲まれて脅されて、殴られ、怒鳴られたことがあることを一言添えておきます。
音源もありますよ?
なので、別に親だけに怒鳴られ、殴られたわけではありません。
ということも書いておきます。

尚、関連に関してのまとめをこのBLOGの掲示板に作りました。
本来このブログは、被害を受けた方向けの記事で、議論場所ではありませんが、誤解を解くためにこの記事を作成しました。
議論はこちらでお願いします。
↓クリックすると開きます。

本件該当スレッド

信者さんの考え方と知る、という一点において良い参考になるかと思いますし、私は殴られる因縁を持ち、信者親は私を殴る因縁をもっているということだそうです。

いくらなんでもうちの親とご先祖さんを舐めるな!
馬鹿にするな!
何が因縁だ!
本来の因縁は心の持ちようでツールであり、単純に何をやろうとも殴られたなんて断定できることに使う言葉じゃない。
仏教自体馬鹿にするな!
と珍しく(?)鼻息荒くフンガ―な緋色でした。

あ、でも信じている人は胡散くせぇもの良く信じれるなぁ
とは思いますがその行為自体を否定するつもりはありません。
プロフィール

緋色

Author:緋色
親が真如苑に嵌っています。

私は親越し、直接会った他の信者さん、真如苑の事務員さん越しに接触した真如苑を疑問の目で見ることしかできません。
信者親や他の信者さんからは、勝手に無断入信させられたり、因縁を持ち出し、酷い目に遭う等と脅されたり、真如苑の事務員さんは
都合の悪いことは信者さんになすりつけ、無断で入信できるシステムを放置することも私は理解できません。
ですので、私はアンチの立場です。

更に細かい理由、事実の経緯はブログ内の記事を参考下さい。

信条として、ご先祖さんは自宅の仏壇に時々祈ったりお供えしたり、盆にお参りして一生懸命に人を騙さず生きていればそれで十分喜んでくれて供養になり、自分が死んでもこれくらいしてくれれば十分だと思っています。
自分が酷い苦しみと絶望のうちに死んだとしても、子孫に恨みつらみ苦しみは絶対に残したくない、、、。

幸せに生きて欲しいと心から願っています。

管理人緋色へのご連絡用
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