未成年者と勧誘

私には解らないのです。

注:便宜上、精進願いを「入信届」で書きます。

苑は何故未成年者なのに保護者の同意の無い入信届を受け入れるのでしょうか?
他人の子供を勝手に信徒にすることに良心の呵責は無いのでしょうか?
自分が信仰することで家族に対してリスクを与えていることに何も感じないのでしょうか?
自分の子供が他人の子供を勧誘していることを何故受け入れるのでしょうか?
自分の子供に信仰を与えるのなら、信仰することのリスクを説明しているのでしょうか?

書いてて自分で嫌になります。
答えは解っています。
苑に繋がれば大難が小難になる、相手のためだから。

でも、これって一般常識や通念、道徳レベルの話ですよね?
やってみなければわからない。
あいてのためだ。
それって世間性を踏み潰してまでやらないといけないことなんでしょうか?

未だに私には理解できません。
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認識の違い

接心(せっしん)を御存じでしょうか?
真如苑独特の修行(と称している)で、(苑の規定する)霊能者から問題に対して指針が示されるものです。
信徒の方に言わせると、「接心は当て物では無く、あくまで示唆や指針を示すもの。」なのだそうです。
ではなぜ、重大な決断が必要な際に受けるように誘導されるのでしょうか?

このブログに頂いた相談では、進学、結婚、出産、家の購入で接心を受けた(ちなみに信徒の方は”頂いた”と呼びます。)。。。
というケースでいくつか相談を頂いています。
結果として上手く行かなくても、苑側の人間は
「(接心を受けたあなたの)精進が足りなかった。」
「(接心を受けたあなたの)取組みが悪かった。」
と主張するようです。
接心は当て物では無く示唆である。。。。
でもこれって、苑側にとってはですよね。

中には藁にも縋る思いで(反面、脳髄反射的に受ける方もいるようですが)受けている片もいます。
大難が小難になると信じ、勧誘時に病気が治るだとか、トラブルが解決する、、、そんな言葉で勧誘している中で、その言葉は指針や示唆でなく希望になり、示唆では無く必然であって欲しい、、、と願い、考える方が出てくるのは当然のことではないでしょうか?
そこに縋らざるおえない状況になっている人間に、苑に繋がれば守ってもらえる、良いことが起きる、、、と言っておきながら、重大ごとの判定に誘導し、結果、示唆だ、当て物では無い、、、というのは詐欺のように感じます。
それとも騙されたほうが悪いのでしょうか?

「確実に完全に改善する手段を与えられる、、そうは言っていない。示唆だ。」
であるのなら、「解決する。」「改善する。」そのように解釈するほうが悪いのでしょうか?

未成年者の信徒の方へ YUKAさんからの助言

当ブログにYUKAさんという方からコメントを頂きました。
内容としては、”もし、進路を決める際に自分で行きたい進路を選択できるようにする場合どのようにすればよいか?”ということに対しての貴重なコメントでした。
私の場合、徹底抗戦で激しく激突してしまったので結果からすれば大失敗でしたので、もし、今、信仰に対して否定的だが両親が盲信徒の場合、とても参考になるコメントだと思います。

コメントを以下に引用します。
---------------引用ここから---------------------------------
はじめまして。知恵袋などで昔の私と同じような思いしている学生がいることを知り、ここに書き込みました。

私は、生まれた時から真如苑に入っている大学生です。まだ脱会はできていません。父はそこまで熱心では無いのですが、母は熱心な真如教徒です。

つい最近まで、月一回の接心等を強要されていました。
もちろん、進学先の学校も鑑定接心で決められました。

私が高校受験をするとき、自分の中で行きたい高校は決まっていて、中学校の面談でもその高校を受験すると話したのですが、親に言われるがまま鑑定接心を受けました。
結果、行きたい高校はだめだと言われました。
行きたかった高校は、専門的な科があったこともあり、何度も何度も親に抗議しました。しかし、もう決まったことだからの一点張りで私の意見は全く聞いてもらえず、その高校を受験することは叶いませんでした。

今でも、受験できなかったことを後悔しています。

もし、行きたい学校が決まっているのに鑑定接心を受けなさいと言われたら、鑑定接心ではなく、行きたい学校が決まっているから、心構えの接心にして欲しいと言ってみてほしいです。

私は、中学生の時にこの考えは思いつきませんでした。今になって、なんであの時、この考えが思いつかなかったのかと後悔でいっぱいです。

鑑定接心は嫌だと言っているだけでは、勝手に鑑定接心を受ける続きを取られるかもしれません。しかし、代替案を提示すれば、納得してもらえる可能性はあります。
行きたい学校がダメと言われて鑑定接心を2回受け、行きたい学校に行った人もいます。
進学先は宗教が決めたなんて、後悔しか残りません。
自分の未来は自分で決めるべきです。

学生のうちに真如苑をやめるのは難しいと思います。
私もまだ大学生で、親の援助を受けている立場にあるため今はやめることができません。(何度か辞めたいと訴えたのですが、泣いて怒られました。。。)大学を卒業したら、脱会して普通の家庭を築きたいと思います。

文章がまとまっていなくてすみません。
真如苑に行っている学生たちが、自分の行きたい進学先に行けることを祈っています。


-----------------------------------------------------
少し趣旨がずれていたらすみません。伝えたいことを伝えられるブログなどを持っていないので、ここに書き込ませていただきました。もしよければ、これをアップしてもらえると嬉しいです。
-------引用ここまで------

現実問題として、進路に干渉される、、、という質問を受けることは多いです。
私自身、深く苑に通っていたわけではないので(今考えればもう少し、まじめに信仰しているふりをしてもっと情報と経験をしておけばよかったと思うことはありますが)、助言としては今は耐えること、という形になりやすいのですが、接心の手段を選択することで抜けれる可能性がある、、、というのは悩みを抱える未成年信徒さんには朗報だと思います。

当ブログは被害者や信仰に悩む方向けのブログですのでYUKAさんのような情報は大歓迎です。

デマや嫌な噂って何?

あるネットの質問回答ページで
「なぜ良く知らない人がネットでデマを流すのか?私は自分の信仰する団体が批判されて悲しい。帰苑を勧められたら何故行かないのか?(要約)」と書かれていました。

同じようなことを以前も書きましたが、
1.そもそも新興宗教の特定団体を名指しで批判する人は、その団体を知っていないと名指しで批判できないはずです。
  それでは批判する人の区分はどのようなものがあるでしょうか?
  1) ●●についてはよく判らないけれど、新興宗教なので好きでは無いから批判した。
  2) △△という団体に所属しているが●●は競合なので批判した。
  3) ●●という団体に所属していたが結果として辞めた。辞めた経験を基に批判した。
  4) ●●という団体の信徒から勧誘された。 or 信徒から迷惑を受けた。その経験を基に批判した。
 
では区分ごとに掘り下げてみましょう。

 1)のケースって極稀なケースだと思います。わざわざ知らない団体の名前を検索して批判しますか?しませんよね?
 2)この場合、自分の所属団体を書いて批判することになると思います。●●は△△より劣る、と思っている訳ですから。
 でも、あまりこのパターンは見たことがありません。
 3)これは普通”知っている”と区分されて良いと思います。
 4)3)と同じ。
 
このように”知って”いなければ、特定団体をピンポイントで否定する人間はいないわけで、苑を批判する人の言動が全て正しくデマでは無い、、、とは私もさすがに言いませんが、ある程度知っているからこそ、なんらかの批判やコメントを出している、、、ということです。
3,4のケースも表面的にしか知らない、一部しか理解していない、、、とか
”それはその人が教えを理解していなかった。よく学んでいなかった”という反論もあるかもしれませんが、実際に霊能クラスまで行った方も辞めているわけです。
一部を見ただけでこれは信用すべきでは無い、そう判断した人もいる訳で、”一部しか知らない”ことが私は否定の根拠になることは間違いだとは到底思えません。
      
そもそも苑の被害の問題は、苑の全て知ったり、霊位の高い位になったりすることは別な話です。
盲信、無断入信といったことは、別に仏教を学んでいなくても問題として確認できることでもあります。
ですから 
     
     苑のことを知らない人間が(信徒さんが言う)デマを流すことは基本的にありえない。
     苑のことをある程度知っている人間でないと苑を批判することは基本的にありえない。
   
 と私は思います。

逆に私は伺いたいです。
    あなた方の言うデマっていったいなんですか?
    デマで無い、、、と断ずる根拠も共に明確に教えて下さい。

     
       

自浄作用の作り難さ

苑に繋がることで大難が小難になるそうです。

未だに信徒の方は、アンチが批判する苑の構造に対して、批判者個人を批判したり、定番の教えを理解していない、その信徒が悪い苑はまとものようです。
ぶっちゃけスゴイ団体だそうです。

アンチが批判しているのは繰り返しますがほとんど構造です。
・他人が勝手に無断入信手続ができて、それが露見しない構造
・過度に信仰に依存する信徒が出る構造
この批判内容は、例え仏教を知っていなくても、理解していなくても、教えを理解できていない非信徒でも指摘、理解ができる内容です。

相談頂くメールでもあるのですが、
辞めようとしたり、経の中で構造を変えようとする方に対して、一部の信徒の方はいじめのようなことをするようです。

一体、利他の教えとはなんですか?
批判されることを苑はスゴイでごまかし、教えを理解していなから、で短絡し
中から自浄しようとする行為を潰す。
一体、利他の教えとはなんですか?

そりゃいままでかけてきた時間、金、苑の中で積み上げてきたもの
壊してきた人間関係全て放棄するのが怖いのは理解できます。
楽ですよね?
苑に関われば、そのスゴイ団体に関わっている自分、示してくれる方針、精進が足りなかったという言い訳までくれます。
捨てたくないのは多少は判ります。

とはいえ、批判内容を今までのように「教えを理解していない。」で済ますのは自爆するだけです。
批判されるのは批判されるだけの根拠があるわけで、よりよく改善しようとする人間、旅立とうとする人間を責めるのは、利他の教えの本質から外れるのではないでしょうか?
プロフィール

緋色

Author:緋色
親が真如苑に嵌っています。

私は親越し、直接会った他の信者さん、真如苑の事務員さん越しに接触した真如苑を疑問の目で見ることしかできません。
信者親や他の信者さんからは、勝手に無断入信させられたり、因縁を持ち出し、酷い目に遭う等と脅されたり、真如苑の事務員さんは
都合の悪いことは信者さんになすりつけ、無断で入信できるシステムを放置することも私は理解できません。
ですので、私はアンチの立場です。

更に細かい理由、事実の経緯はブログ内の記事を参考下さい。

信条として、ご先祖さんは自宅の仏壇に時々祈ったりお供えしたり、盆にお参りして一生懸命に人を騙さず生きていればそれで十分喜んでくれて供養になり、自分が死んでもこれくらいしてくれれば十分だと思っています。
自分が酷い苦しみと絶望のうちに死んだとしても、子孫に恨みつらみ苦しみは絶対に残したくない、、、。

幸せに生きて欲しいと心から願っています。

管理人緋色へのご連絡用
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